PTコピーライターの食卓

二子玉川在住、個人事業主のテーブルトーク

母の日に感謝すること

今日は「母の日」。僕が東京の下町出身である母親から受け継いだものは、リベラル的な町人気質と料理好きの血筋です。特に、後者は精神的な豊かさにつながっており、深く深く感謝しています。

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「おふくろの味」=濃いしょうゆ味

母親は、東京都荒川区の商人の家庭で生まれ育ち、国家公務員の父親と結婚。料理が得意で毎日の食事の支度に飽き足らず、近所の弁当屋さんなどで働いていました。遠足や運動会といったイベントでもよく弁当を作ってくれました。ただ、味付けが濃いなと子どものころから思っていました。

一般に東北地方の家庭料理は味付けが濃いといわれますが、東京の濃いしょう油味もかなり特徴があるのではないでしょうか。旅行先で食事をすると、いかに自分の家の味付けは品の良くないものかが顕著にわかりました。自分の料理の出発点は、こんな風に作ってはどうかといった批評もしくは提案のようなものです。

決して母親の味を受け継ぎたいから、との感傷的な理由ではありません。実際、東京近郊で一人暮らしをする母親のところに訪れると、ごはんの横にパスタが並ぶなど、「和」も「洋」も「中」も、コンセプトなどお構いなし。そして、いつものように濃いしょう油味で、塩分も糖質も盛りだくさん。

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それでも、自分の手料理を振る舞いたいとの気持ちを尊重し、僕は黙って食べています。健康にはかなり害があるし、自分の方が上手に作れるとは思います。その味も、懐かしく思い出す時がいつか確実に訪れると思うと、途端に寂しくなりますね。

「男子厨房に入るべからず」の本当の意味

第58代光孝天皇(830-887年)は大の料理好きとしてよく知られ、自室が煮炊きによる煤(すす)で黒くなっていたため「黒戸の宮」と呼ばれていたそうです。しかし、日本でよく聞く「男子厨房に入らず」という男尊女卑を思わせるフレーズは、一体どこから来たのでしょうか。

実は中国の「君子は厨房に遠ざくるなり」がそのフレーズの語源と言われています。当時の厨房は生きている動物を絶命させて調理する場でもありました。天下を治めるべき君子がその場に居合わせて哀れむ気持ちが強くなってしまわないように、調理場には近づけるべきではないという意味だそうです。

つまり、家事は女性の仕事であって男性はキッチンで料理や後片付けなどはしないもの、という突拍子もない意味が一人歩きしてしまったと思われます。現代のキッチンでは動物や魚を絶命させることはないので、君子も男子も、総理大臣も社長も、老若男女関係なく料理ができます。

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料理にはいろいろなメリットが指摘されています。やはり五感をフルに活用して手先を動かすので、認知症の予防につながると報告されています。それは、自分でも認識します。仕事の合間に料理をするとそれまでとまったく違う脳が刺激され、集中力が増して美味しいものを作れる気がします。

それに、人生が楽しくなります。高級レストランに出向かなくても、ある程度の食材ならそれなりのグルメを楽しめるので、日々の生活でささやかながら達成感や幸福感を味わうことができます。他人にも喜ばれます。そうした積み重ねが豊かな人生につながるのだ、と信じます。

そんな自分を育ててくれた母親には、もちろん感謝しています。でも、子どものころは作文や似顔絵などで「いつもありがとう」と言うことができましたが、大人になると照れもあってなかなか素直に表現できませんね。

(おわり)